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第18話 300人もの戦死者がさまよう桜の名所地図はこちら

 

 今年も花見で賑わった上野の山だが、ここは明治維新の内乱で300人もの兵士が命を奪われ、死体をさらされたところだ。そんなところで花見の酒宴を広げ、何も知らずに大騒ぎしている輩を目にするたびに、死者を冒とくする恐ろしさで震えが止まらないのは怪奇巡礼行の拙者だけか。桜シーズンが去った春本番のある日、静けさを取り戻した上野の山に足を運び、未だに繰り彰義隊の墓広げられる官軍と彰義隊のサイキックウォーズを見に行った。

 上野といえば、あの西郷隆盛像がまず思い浮かぶが、死後桜シーズンが過ぎ静かになった上野の山100年以上が過ぎても、未だに闘いつづけているのである。西郷隆盛像の背中の方には、なんと彰義隊の墓がそびえ、死してもなお敵軍のミタマを押さえつけ、東京を守護しているのだ。上野の山は、戊辰戦争当時、西郷隆盛らが率いる官軍が四方から取り囲んで、大砲や銃を打ち込み、東京で唯一戦場となったところである。官軍は、不忍池の対岸(今の池の端あたり)からも船で近づき、激しい戦闘を交えたと言う。

 幕府体制の維持を主張した20歳前後の若者ばかりで作られた彰義隊は、官軍の攻撃に耐えられず、多くの死者を出した後、会津藩のある福島県を目指して敗走を重ねていった。当時、上野にあった黒門は、現在南千池の端方面から見た不忍池住の円通寺に移築されているが、その黒門には上野戦争で打ち込まれた銃撃による弾痕が無数に残り、戦闘のすさまじさを今に伝えている。 日本最大の桜の名所は、実は彰義隊の怨念が染み付いた心霊スポットなのだ。来年からはもう花見はできない。

 

 

 

 

 

 

 


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