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 第17話 13階段絞首刑台の上にそびえる池袋サンシャイン60地図はこちら

 太平洋戦争は日本が起こしたという歴史認識は一面では正しいが、全体としては誤りである。欧米の帝国主義列強が世界分割をほぼ終えたあと、日本やドイツが遅れて台頭し、経済封鎖にあったため、歴史の必然として開戦につながったのである。早い者勝ちの世界と同じである。まさに勝てば処刑台の跡地に立つ永久平和の碑官軍で、アメリカが正義、日本が悪の烙印を押されてしまった。東京池袋にそびえるサンシャイン60は、こうした太平洋戦争の「墓標」である。東京裁判で悪の烙印を押されたA級戦犯の処刑台の真上に不気味に立ちすくんでいるのだ。若者の歓声が響くサンシャイン通り

 サンシャイン60の敷地内にオアシスのようにひらけた児童公園に「永久の平和を祈って」と刻まれた石碑がたたずんでいるのをご存知だろうか。これが名高い巣鴨プリズンの戦犯処刑台跡だ。米軍が、戦犯処刑用に特設した13階段の絞首刑台である。当時5台あったという。戦争直後に開廷された東京裁判で絞首刑の有罪となったのは、東条英樹陸軍大将、土肥原賢二陸軍大将、廣田弘毅総理大臣、板垣征四郎陸軍大臣、木村兵太郎陸軍次官など7人である。絞首刑は、昭和23年12月23日の今上天皇誕生日の午前0時1分から35分にかけて執行されている。

 処刑を前にした戦犯らは、それぞれ1時間ほど時間が与えられ、家族や世話になった者への手紙をしたためたり、互いに別れの挨拶をしたという。その巣鴨プリズン跡地でくつろぐ人々後、巣鴨プリズン内にあった神社に参拝し、13階段を上っていった。遺体は横浜の火葬場で荼毘に付され、遺骨は東京湾に捨てられた。昭和33年になってようやく巣鴨プリズンが解散され、東京拘置所に戻り、そして今から20年程前にサンシャインシティーが造成された。子供東条英樹の墓(雑司が谷霊園)や若者のはしゃぎ声がやむことの無い池袋の繁華街は、悪の烙印を押され、涙をのんで死んでいった戦犯の恨みの上に築かれていることを忘れてはならない。

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