第7話 義経の痕跡を残す白河の関所跡地図はこちら

 

 昔日の思いに浸るには絶好の場所、白河の関を訪れた。福島県白河駅から車で20分ほど南下すると、突如として白河の関を示す石碑が現れる。夕立の激しい雨に打たれながら、ただ一人関所の門をくぐった。ここ白河の関は5世紀ごろ蝦夷の南下を防ぐ砦として設けられたのが発端である。のちに交通の検問所に改められ、奥州三古関の一つとして威勢を張った。いまでは、国道4号線の裏街道沿いにあり、ほとんど目に付くことはない寂しいところとなってしまった。

 白河の関は、奥州への入り口として幾人もの文人、武士が訪れ、過ぎ去っていったところとして名高い。みちのくへの好奇心を掻き立てる関所として、多くの歌に詠まれた最果ての地だ。能因法師や西行などの文人もこの地を題材に味わい深い歌を残している。能因法師、西行の足跡を訪ねて遠い旅を続けてきたのが芭蕉であった。実は「奥の細道」の始まりの地が、この白河の関なのである。

 関所の古道を上り詰めると、古めかしい白河神社がぽつんと佇んでいる。文人の他にここを通過した源義家や義経が必勝祈願をしたであろう場所に立っていると思えば、その時代にタイムスリップしたかのような錯覚に陥る。面白いのは、義経、義家にちなんだイワレが今でも残っていることだ。たとえば「旗立ての櫻」である。治承4年のこと、義経が平家追討のため平泉を発し、ここを通過した際、境内に立つ櫻に源氏の旗印を立てて必勝祈願をしたという。

 また義家が、安部貞任追討を行った前九年の役の時、ここを訪れ、境内の楓に幌をかけて休憩したと伝えられている。なんとも感慨深い白河の関であろう。薄暗い夕立の闇の中、義経が目前に現れるかのような時が過ぎて行った。関所跡から歩いて5分ほどのところに「白河関の森公園」がある。当時の関所を復元しており、合わせて見学できる。