第19話 安倍晴明の産湯の井戸が筑波の田舎にあった
NHKで放映中の陰陽師・安倍晴明がにわかにメジャーとりつつあるが、実は晴明が茨城県のド田舎出身であることはほとんどの人が知らないだろう。帝のいる京都で華々しく活躍する雄姿とは正反対に、生まれは筑波山の麓の寒村である茨城県明野町猫島というところなのだ。今では立派な顕彰
碑や案内板が設けられているが、知る人ぞ知ることなので、そこを訪れる者は誰一人いない。五月晴
れのある日、当地へ巡礼取材を敢行した。なお筆者はテレビ放送の晴明ドラマは、ばかばかしくてほとんど見ていない。
ド田舎出身者がなぜ帝をも屈服させる日本一の陰陽師となったか?それは晴明の父親の一行が中国から持ち帰った陰陽道の秘伝書を後継者である幼少時代の晴明に伝え、その秘伝書に基づき筑波山山中で修行を重ねたからだ。筑波にいながら、鳥の鳴き声で帝の病気が分かり、上京して帝を回復させたという伝説がある。15〜16世紀に成立した晴明伝をはじめ、今昔物語、平家物語、源平盛衰記などにその名があらわれる。11世紀初頭、菅原道長らの時代に実在した天文学者だが、憑依現象を自由にあやつる魔術師でもあり、この術を使って特定の人間を呪殺したり、逆に病を落としたりした。帝の絶大なる信頼を得ていたようだ。
筑波山の麓の寒村、猫島には、最近建てたと思われる晴明誕生の地を表す顕彰碑のほか、晴明の
母親を祀った葛の葉稲荷、晴明産湯の井戸などがある。大正3年の区画整理前までは、晴明塚、晴明橋、晴明舟つなぎの場などゆかりの地が残っていたが、すでに破壊されてしまった。猫島の田畑で農作業をしている人たちが、晴明の子孫かと思うと、なにやら親近感が湧いてくるというもの。