第16話 流罪人の無念がしのばれる佐渡島

 

佐渡汽船からの夕景  海原に美しい夕日が沈む佐渡島は、関東周辺からも比較的手軽に訪れることができる観光地だ。日本海を隔てている為に、開発の手も進まず、大自然を今に残している。だが佐渡島は、古くから流人の島としても有名である。流刑は、古代の律令制時代から、なんと明治初期まで連綿と続いた刑罰の一つだ。およそ1000年間にわたり、多くの政治犯、思想犯が島に流され、苦しい生活を強いられた。

 NHKの「北条時宗」で、辻説法を行う日蓮上人も佐渡島に流刑にあっている。鎌倉幕府を批判し順徳上皇の幽閉地つづけた日蓮は、1264年に捕らえられ、思想犯として佐渡島に流された。当地の塚原にある三昧堂にこもったといわれ、現在でもゆかりの石塚が立っている。日蓮は翌年赦免され、本土への復帰を許された。1324年の正中の変に敗れた日野資朝も、当時佐渡守護職にあった本間氏の下に流罪となり、8年後にその本間氏に殺害されている。

 佐渡島には、なんと順徳上皇まで流刑となっている。1221年のこと、承久の乱に失敗し、その後21年間にわたり佐渡で生活をつづけ、当地で没している。現在残されている真野御陵は、その順徳上皇が火葬された場所と伝えられている。この他、源頼朝に挙兵を促したとされる文覚上人、足利義満に寵愛された世阿弥などが知られているところ。江戸時代に入ると、佐渡金山の開発の為、本土から多くの無宿人を強制連行し、赦免の夢を見ながら死んでいった。

金山工夫、無宿人の墓

 佐渡は、毎年多数の観光客が訪れ賑わっているが、流人、無宿人らの苦しく、痛ましい思いが決して離れることが無い恐ろしいスポットなのだ。海産物に舌つづみを打つ前に、真野御陵にでも訪れて、手を合わせてもバチは当たるまい。