第23話 埼玉の古戦場に死体を探し歩く女の霊
「いざ鎌倉へ」、いにしえの勇猛な武士団が、馬のひづめを響かせて疾駆した鎌倉街道。その街道沿いでは、数百年の時の流れの中で数限りない戦闘が繰り返され、あまたの命の干からびが、今でも「いくさ場」の土に同化している。街道脇の一握りの土をすくい上げてみよう。その土の塊のなかには、人が人として生涯をまっとうできなかった
武士や徒歩武者の血や細胞のなれの果てが、永遠の時を越えて静かに眠り続けているのだ。しかしこれまで不思議にも、鎌倉街道沿いで武者などの霊が出るというはっきりとした情報は皆無といってよかった。鎌倉街道調査の専門家である怪奇巡礼行主宰者にしてである。
が、ようやくその不思議も解消することとなった。埼玉県日高市の鎌倉街道に面した女影が原(おなかげがはら)古戦場に何んと現在でも、戦にかかわる霊の存在が伝わっていたのだ。村の歴史家に聞くと、その伝承とは、この古戦場で夫を亡くした女の霊の話であった。自分の夫がここで戦死しているはずといいながら、夫の死体を探し歩く美しい女が夜な夜な出現し、その女に頼まれて親切にも一緒に探し歩く村人が、必ず行方不明となり、帰らぬ人となるのだと言う。確かにこの地域は、どこを歩いても同じような景色が広がり方向感覚が失われる異常性が感じ取れる。古戦場の名前「女影が原」とは、この美しい女の霊の出現が元となっていると言う者もいる。
女影が原古戦場一帯は、旗塚と呼ばれる武士の塚(墓)が数多く残っていたが、現在ではかなり広範囲に開発が進み、その一画には一戸建ての住宅街が広がっている。最寄駅は、JR川越線武蔵高萩駅だ。室町時代の初め(1334)、北条時行がこの一帯に陣地を築き、幕府側の足利直義勢と戦闘を交えたのである。この場では北条が優勢と
なり、小手指が原、府中へと戦場を南下させていった。数ある鎌倉街道古戦場の中で、霊の出現が噂される珍しいスポットに足を運んで、もがき苦しんだ武者と一体となるのも、非日常の体験でろう。あなたにも勧めよう。。。