第8話 永井荷風が通い詰めた遊女の慰霊碑
地下鉄千代田線の三ノ輪駅に降りたことがおありだろうか。階段を上がり一歩外へ踏み出すと、寒々しい冷気が漂うところである。駅に面した大通りには、絶え間なく車が行き交っているにもかかわらず。
千代田線の階段を上り、数分でたどリつくのが淨閑寺である。別名投げ込み寺だ。何を投げ込むのか、それは遊女の遺体である。投げ込み寺は、江戸時代、日本堤に接し、新吉原に接した場所だった。新吉原の遊女が亡くなると、無造作にこの寺に埋葬されたのだと言う。その数は途方も知れない。
時代は大正に移り、遊女をこよなく慕った永井荷風が幾度となく慰霊に訪れたと言う。その慰霊碑の向かい側
に、荷風が読んだ長文の歌が石碑となっている。慰霊碑自体には、「生まれては苦界 死しては淨閑寺」と記された石碑が埋め込まれて
いる。
この寺には本庄兄弟の首荒い井戸があるのでも有名だ。江戸のころ鳥取藩平井権八の敵として殺されたのが本庄兄弟で、墓地の中央あたりに首を洗ったと言う井戸がひっそりと口をあけている。