第3話 長野県に皇居跡とピラミッドがある

 暑い夏が終わりに近づくころ、長野県松代町に足を運んだ。この町には常識では考えられない場所が集中松代ピラミッドの眺望していて、巡礼を進めるには恰好である。松代町の中心から徒歩で30分ほど行くと、なんと皇居跡にたどり着く。何故こんなところに皇居がと誰も不思議に思うだろう。だか本当の話だ。第2次世界大戦末期、日本の敗色が濃くなったことから、軍部主導により、本土決戦に備えて、この場所に皇居を新設し昭和天皇を庇護しようとしたのだ。同時にこの皇居を取り巻くように巨大な地下式大本営軍司令部を築き上げたから、これも驚きだ。昭和19年11月に着工し、9ヶ月間をかけ、当時の金で2億円の巨費を投じたものだと言う。現在は地震観測所に

 皇居跡のある像山と隣りの皆神山の二つの山の地下に網の目のように地下通路が張り巡らされている。その地下掘削作業に駆りだされたのは、なんと在日韓国人だった。突貫工事に耐えられず命を落としたものも少なくなかろう。地下への入り口脇には、在日韓国人の苦役を今に伝えようと、小さな資料館が建てられていたが、運悪く休業日で見学は叶わなかった。

 皇居、大本営の後はピラミッドだ。地下司令部のある皆神山そのものが実は人工的なピラミッドなのである。1万年以上も前に無重力発生器を用いて作られたものと言う説もある。確かに遠方から皆神山を眺望すると頂点が陥没したピラミッド型を形成している。一歩一歩皆神山の頂上へ向けて進んでいくと、中腹あたりに不気味な洞穴があり、それが墓室への入り口だと言うが、まだ確かな調査は行われていない。

松代の皇居跡

 松代と言えば数十年前、群発地震に見舞われたところだ。皇居跡の一部は現在、地震資料館地下大本営入り口に、地下大本営は気象庁地震観測所として今なお生きつづけている。なお近くに、武田信玄と上杉謙信が直接対決したという川中島合戦場跡もあるので一見してはいかがか。